こんにちはボクシングブロガーのtorajiroです。
一時期日本ボクシングの歴史にハマり様々な過去の書籍を読んでいました。
どういった時代背景の中でボクシングが日本社会の中に浸透し普及していったのかを知っていく過程で、戦前からかませ犬ボクサーが存在し、ボクシングの普及に重要な役割を担っていたことを学びました。
そこで今回はボクシングが普及していく上で重要な役割を担ってきた、日本ボクシング史におけるかませ犬の歴史を辿ってみたいと思います。
アンダードッグ(かませ犬)とは?
ボクシングにはアンダードッグ、日本ではかませ犬と呼ばれるボクサーが存在します。
かませ犬を簡単に言ってしまえばこんな感じでしょうか↓

有望な選手に自信を付けさせるために対戦相手として呼ばれる、負ける事がほぼ確実視される格下ボクサー。
将来有望な選手に格下ボクサーをぶつけ、
無敗の連勝記録を伸ばしていくことで商品価値を上げ、
その間に実力を底上げし、
勝ち癖をつけ、
来るべき時に備える。
という育成方法は国内外問わず実践されているボクサーの育成方法であります。

典型的な例は亀田興毅、亀田大毅兄弟でしょうか。
特に亀田興毅さんは東洋太平洋チャンピオンになるまでの対戦相手の全てがタイ人ボクサーでした。
戦績を作り過ぎた事が後の批判に繋がってしまったので、やり過ぎ注意ではありますが、確実に勝てる相手と戦いながらキャリアを積んで行く育成手法には一定の効果はあると考えられます。
実際二人ともかませ犬ボクサーとの対戦でキャリアを積んだ後に世界チャンピオンになっていますから。

1920年代の国際交流試合が起源のフィリピン人かませ犬ボクサー
日本でのかませ犬の歴史は、ボクシングが普及し始めた1920年代から始まります。
この時代、新しく入ってきたボクシングが国内で普及される過程で、国際交流試合が非常に大きな役割を果たしました。
強豪と言われる外国人ボクサーと日本人ボクサーが対戦する構図はボクシングの普及過程においては特に盛り上がるものだったろう事は想像出来ます。
当時からボクシング強豪国と目されていたフィリピンから二流どころを連れてきて日本人ボクサーと戦わせる構造があった事が、木村玲一氏著の「拳の近代」において紹介されています。
1990年代にフィリピン人かませ犬ボクサーが急増
このように戦前から存在していたフィリピン人かませ犬ボクサーですが、1990年代に入るとその数が爆発的に増え始めました。
石岡丈昇氏著の「ローカルボクサーと貧困世界」において、フィリピン人招聘ボクサーが急増した過程が以下のように紹介されています。
一九八五年に年間五試合だったフィリピンボクサーの日本での試合数は、一九九〇年に三三試合になり、一九九五年には一四二試合にまで増加した。
石岡丈昇氏著「ローカルボクサーと貧困世界」P188-189
最も多くフィリピンボクサーが日本で試合をおこなったのは一九九六年で、一五〇試合であった。
そしてこの1996年のフィリピン人ボクサーの日本での対戦成績は11勝133敗6分だったそうです。
日本側から見れば勝率90%を超える数字となっていました。
こうしてフィリピンから多くのボクサーを招聘出来たのは日本の経済力があったからとも言えるでしょう。
フィリピン人ボクサーの規制によってタイ人ボクサーが急増
このフィリピン人ボクサーの状況を危惧したJBCが、2001年からタイトル戦以外でフィリピン人ボクサーを招聘することを一時禁止するという措置を取りました。
この条件はすぐに緩和されますが、それでも招聘出来るのはフィリピン国内のランカーのみという条件は残りました。
これによってフィリピン人招聘ボクサーは激減しますが、フィリピン人ボクサーの代わりに増えたのがタイ人ボクサーでした。
この辺りからタイ人招聘ボクサーが一気に増え、2006年にはタイ人招聘ボクサーの日本での試合数は280試合まで増えました。
僕がプロボクサーをしていたのもちょうどこの頃で、計量の時にたくさんのタイ人選手が来ていた事を覚えています。
高熱を出して具合悪そうにしている選手もいましたし、試合する前から勝ちに来ている様子が全くないなと感じることもありました。
ちなみに2006年の大人ボクサーの日本での対戦成績は9勝266敗5分でだったそうです。
フィリピン人ボクサーの時以上に問題ある状況となってしまいました。
タイ人ボクサーの規制により、インドネシア人ボクサーの需要増加
こうした状況に危機感を抱いたJBCが2007年9月30日付で以下の告示を出しました。
招請外国人ボクサーの規制について
近時、来日外国人ボクサー(特にタイ人)において著しく無気力もしくは実力差の認められる試合が散見されます。このことは健康管理上問題であるばかりでなく、ボクシングファンの利益に反しており、業界をあげて事故防止・人気高揚に取り組んでいる現状に矛盾するものであります。
つきましては、プロモーター各位におかれましては、上記趣旨をご理解いただき、下記につきご協力をお願い申し上げます。記
1.【承認の条件】(主にタイ人の場合)
・ 原則として公式試合(国際式)7勝以上(ランキングボクサーを除く)
・ TBC(タイコミッション)の推薦・承諾のある者2.【招請不可】
(事前規制)
・ 日本において1年間に3連敗
・ 日本人選手とのウェート(階級)が著しく異なる
・ 日本人選手との戦績(キャリア)が著しく異なる
・ 外国コミッション発行の選手データ(戦績等)が不備もしくは信用性に劣る
(事後規制)
・ 日本における3連敗(原則として1年間の招請禁止)
・ ウエイトオーバー(契約体重超過)
・ 試合内容が著しく悪い選手(著しい実力差、無気力、コミック、専守防御等)
※試合内容の評定については、興行終了後インスペクター及び当日出席の審判員による試合役員会において行う。なお、外部(マスコミ・専門誌記者等)の意見を参考にすることがある。
※試合内容によってはファイトマネーの没収、招請したマッチメーカーもしくはプロモーターへの厳重注意等の処分をする。3.追記
JBC公式サイトより
現在、ランキングボクサーのみ招請を許可しているフィリピン人ボクサーについて、今後はGAB(フィリピンコミッション)の推薦を条件にノーランカー(A級ボクサー)の招請も許可する方針である。
試合内容によってはファイトマネーの没収とは恐ろしい。
この規制によってタイ人招聘ボクサーの数は減少していくこととなりました。
そしてこの後、短い期間でしたがインドネシア人ボクサーが招聘される時期がありました。
インドネシア人ボクサーも規制、そしてコロナ禍へ
タイ人招聘ボクサーの規制によって増えたインドネシア人ボクサーですが、こちらも増えていく中で問題が生じ、2020年1月にJBCはインドネシア人ボクサーで招聘可能な選手は世界ランカーに限るという告示を出しました。
これによってインドネシア人ボクサーの招聘も厳しくなりましたが、そんな中でコロナ禍がやってきて、問答無用で外国人ボクサーは招聘出来なくなってしまいました。
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日本人かませ犬ボクサーの需要急増時代へ
コロナ禍で外国人ボクサーが招聘出来なくなりプロボクサーも激減した結果、将来有望な選手同士の潰し合いが増え、試合数は少ないながらも好カードが目白押しという状況が続きました。
ただ、長い目で実戦を積ませて選手を育てていく上では潰し合いばかりでは選手が壊れてしまうリスクもあります。

潰し合いばかりでなく調整試合も挟んで実戦経験を積ませたい!!
と思うのはどこのジムも同じではないでしょうか。
その結果「日本国内で勝ち星に恵まれていない選手に対しては対戦オファーが殺到する。」
という状況がやってきます。
僕が現役でボクシングをしていた10数年前もあまり戦績の良くない選手程対戦オファーがすぐに来るものでした。
日本経済は停滞して更に円安。
招聘にかかるコストも考えるとお金のある大手ジムでないと海外から選手を呼んでくる事は難しい。
日本人かませ犬ボクサーに対する需要は今後どんどん高まっていくでしょう。
日本人かませ犬ボクサーの頂点を極めた男、ベジータ石川
こうして国内のかませ犬ボクサーへの需要が高まる中で、かませ犬の頂点に君臨する男にスポットが当たりました。
その選手の名前はベジータ石川。

戦績は24戦4勝(2KO)18敗(11KO)2分(2023年11月現在)。
ベジータのコスプレで入場することでボクシングファンの注目も高い選手です。
この選手が亀田興毅氏が企画する興行3150FIGHT vol.2に出場し、3150FIGHTの売り出し中のボクサー高田祈斉選手と対戦し豪快に倒された試合はこの興行のハイライトとなりました。
その後、3150FIGHT SURVIVAL vol.1でもヒロキングと対戦し、老獪なボクシングで盛り上げてくれました。

海外から招聘したかませ犬ボクサーではあのような盛り上がりはあり得なかったですし、観戦する側としてもベジータがワンチャンぶちかましてくれるかもしれないという期待感もありました。
定年延長ボクサー達がリングへ
かませ犬というカテゴリーについては様々な意見はあると思いますが、ベジータ石川選手のようなどこでも誰とでもどの階級でも戦うボクサーは今後も必要になってくると考えています。
そうした需要がある中でJBCが定年制度の見直しを発表しました。
2022年度までは37歳の誕生日を迎えると定年引退だったプロボクサー。
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しかしJBCによる制度の改正によって37歳を過ぎたボクサー(ベジータ石川含む)でもリングに上がる事が可能になりました。
中には37歳を過ぎてデビューして勝利する選手も出てきました。
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今後は37歳を過ぎたボクサー達が噛ませ犬要員としてリングに上がる機会も増えてくるでしょう。
しかしそこは日本人同士、時にはあっと驚くような噛みつきを見せてくれる選手も出てくると期待します。
まとめ
かませ犬も遡ること100年の歴史がありますが、歴史の中で変貌を遂げ、ネガティブな文脈だけでなくポジティブな文脈で語られる場面も増えてきました。
アンダードッグ、かませ犬ボクサーも新たな時代、かませ犬2.0(この表現古い?)に突入してきていると言えるでしょう。
噛み付く気満々の個性豊かなかませ犬が日本国内のあちこちで暴れ回る時代が来ることを願って止みません。
さてさて、ベジータ石川選手が日本のリングでプロ5勝目を上げる時は果たしてやってくるでしょうか??